ポール・ブレンダン

日本の体験、旅、サイクリング

中岡真一の冥福を祈る

Posted on | 3月 25, 2009 | No Comments

2年前から肝臓癌にかかってることが分かっていました。でもずっと元気な顔をしていて病気なことがまったく見えなかった。元気な生活を送りながら色々な体験をしていた。一緒にお正月過ごしていて、自転車で100キロ(中書島→桃山城→宇治→八幡→高槻)と金剛山を登山してきた。

ベトナムに行ってから友達のニシハタから連絡あった。大親友のしんくんの体調が急変があったことが分かった。大変な状態じゃなかったから緊急帰国はないと言う判断で旅を続けました。ずっと心配していて毎日ぐらいメールチェックしたら、帰国が比較的にしやすい海岸の道を走っていました。ちょっと大丈夫そうな感じが出てきて少し安心して自転車を乗りました。2009年3月16日に成田まで戻って、すぐ関西の方に電話した。前日笑う元気があったのに、もう大変な状態の言葉が耳に届いてできるだけ早く大阪に行くと判断した。自転車を恋人に任せて(途中箱が壊れてかなり大変だったみたい)新幹線乗って上野芝の大仙病院に7時ごろ着きました。しんくんの家族と友達がもう皆がいた。エレベーターの扉が開いて「ブレンダンが間に合ったよ」とお姉ちゃんに言われた。しんくんのそばまで連れて「ブレンダンがきたよ」としんくんに伝えてくれた。見てすぐ涙が目に入りましたができる限りなぎ声を出さなかった。翌朝、病院に戻ってから30分後しんくんが永眠されました。

しんくんと一番最初に会ったのは5年前の夏でした。しんくんとお姉さんとお姉さんの婚約者(現時は夫)4人で西高野街道と石川を走った。第一印象は走行中はしんくんが必ずにやにやしています。僕が東京に引っ越しても一緒にサイクリングする時間をお互いに作った。鈴鹿ロードレースも一緒に4回出ました。

前に合って本当によかった。しんくん、待ってくれてありがとう!いろいろありがとう!また会おうね!

「しんくん、ずっと一緒やで!」

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(しんくんと富士山頂上で)

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